スタートのために
明りがあと何分たったらケーキが焼けるかと聞くので、20分というと20分は何秒かと聞くので1200秒と応えるとその次は?と聞く。その次?その次はないよと応えると、「わかるはずでしょ。ぼけ老人が!」と言い放った。こんな悪態をつく子の親をどいつだ!といいたくなった。
朝から窓ふきに励んでいると、息吹の友達がきて友達同士でケーキ作りを始めた。知らんふりを決め込んで、聞かれたことに答えていたら、ちっとも生地が膨らまないと言って、3倍の量の材料を継ぎ足して、枠に入れて焼いていた、見た目はスポンジケーキのようだが、切ってみると消しゴムように固かった。息吹が低学年のころ、友達を呼んでよくケーキを焼いたりプリンを作ったりしていたことがついこの間のことなのに、セピア色で思い出される。あの頃は、自宅にいると少しも仕事のことなど思い出さずに、子どものことや家事に没頭できていた。しかし、今は常に仕事が頭を占領して、子どもと一緒に何かをすることが少なくなってきている。組織にいるときは、家に帰ると家でできる仕事もなく、暇なので家事や子どもの相手をしていた。よく昼寝もしていた。それが今では、少しの時間があれば、何かしら仕事をやっている。
しかし、サッシの縁のパッキンについた黒い埃を歯ブラシでごしごししていると、無心になっていた。仕事のことなど忘れていたのだ。ごしごしと子ども部屋の窓が終わって、2回の玄関のまど、洗面所の窓までやっと終わったころには、自宅の中の窓のまだほんの一部なのに、気持ちがすっきりしてきた。こうやって新しい心でスタートしなおせればどんなにいいだろう。人は自分で自分を変えることもできる。季節があるおかげで1年がある。新しい気持ちでスタートするにちょうどいい節目もある。ありきたりな人間には、季節の途中で自分を変えることはなかなかできないから、正月という昔からの行事に合わせて、気持ちを入れ替えるのがちょうどいいのだ。


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